2016年3月6日日曜日

世界の人権問題について考えてみる本

本日は、極めて硬派な本。
グローバルな人権問題について深く考えさせられた本です。

正しいビジネス――世界が取り組む「多国籍企業と人権」の課題
ジョン・ジェラルド・ラギー
岩波書店
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著者のジョン・ジェラルド・ラギーは、2005年から11年まで、ビジネスと人権に関する国連事務総長特別代表を務めた方です。彼の一連の活動の成果こそ、2011年に国連人権理事会に全回一致で承認され、今やすべての国と企業が尊重する規準となった「ビジネスと人権に関する指導原則」です。グローバルに事業を行う日本企業の多くもいま、この原則に準拠した動きを加速させています。この著書では、何故当時 "ビジネスと人権" という課題がクローズアップされてきたのか、そしてこの課題に著者はどのように向き合ったのか、企業と市民社会との利害の衝突をどのように調整したのか、等々について興味深い記載がなされています。

日本人は、人権というと「思いやり」や「配慮」の話、つまりは "better" の世界の話と考えます。しかし、英語だと人権=Human Rightsとなり、これは「他者が奪うことの出来ない生来の権利」、つまりは "must" の話だという解釈になります。そして、この権利を定義するものとして「世界人権宣言」やILOの「労働における基本的原則及び権利に関する宣言」といったグローバルな規準があります。しかし、国家は自発的にそれを批准するのであって、強制されるわけではありません(実際に、世界有数の先進国であるにもかかわらず、日本はILOの「強制労働の廃止」「雇用と職業における差別待遇の禁止」の2条約を批准していません)。ましてや、これらは企業に対して何ら義務を課すものではありません。

しかし近年、ビジネスと人権の関係において、法的には企業の責任を問えないものの、無視はできない様々な事例が発生してきました。著者は特に、4つの例をあげています。
① 企業のサプライチェーンがグローバルに拡大するなかでの、資本関係のない委託先による人権侵害
② 親会社とは別の法人格を持ち、親会社に責任を追求できない、現地法人の子会社による人権侵害
③ 国家による国民に対する大規模な人権侵害と、企業の共犯関係
④ 進出先の国の法的要求が、国際人権規準と矛盾していることに拠る人権侵害
しかし、企業もこうした事例に伴い、社会的に攻撃を受けることのコストが膨大であることを痛感し、早めに対処する、あるいは防止することの必要性を学んできています。そうした状況のなか、著者は、企業が人権を尊重する責任の根拠を定義する作業を進めます。

ここで問題になったのが、NGOが求めた義務化の動きです。要は「国際法で強制的に企業を取り締まれ!」ということです。しかし著者は、この流れには多くの問題があるとして、与しませんでした。その問題とは例えば
・人権保護の義務は本来国に課されるものであり、同じレベルの義務を企業に課すことは相応しくない
・そもそも能力が不足している国があるうえに、人権に対し責任を持とうとする国の動機まで奪ってしまう
・国内の法制度に重大な再編を要求し、国の自治や管轄権の問題も絡んでくる
そして何よりも、グローバルに拘束力のある規準を各国の合意のもとに策定するには多大な年数が必要となり、その間に人権侵害の問題が拡大していくことを問題視しました。そこで著者が志向した方向性こそが「自発的イニシアティブ」であり、著者が作成したのが「ビジネスと人権に関する指導原則」でした。

この原則は、以下の3つの柱で構成されています。
① 人権を保護する国家の義務
② 人権を尊重する企業の責任
③ 害悪を被った人々の救済へのアクセス
この原則の詳細はマニアックになるので割愛します。ただ、企業が人権課題に取り組む手段として、企業に馴染みのあるデューディリジェンスという手法を持ってきたのは興味深いです。

一方で著者は、「指導原則」が様々な利害関係者からの承認を得るために、さらに何よりも企業が自発的にこの原則を遵守する流れを生み出すために、以下の手順を取りました。
① 共通の対話が出来る、共通認識の基礎を作り上げる
② プロセスの正当性を確保する(あらゆる利害関係者が意見を述べる機会を与える、等々)
③ 識見や影響力を持つ、新たな実務者を舞台に連れ出す(今回のケースでは、企業法務や投資契約の実務者)
④ 現場でテストを行う
⑤ 効果的な政治的リーダーシップを味方につける
⑥ 規準設定機関の間での規準の一致に向けて努力する
特に企業に自発的な行動を促す意味で、⑥の動きは今も続いています。具体的には、OECDやEU、ISO、国際金融公社などが、自分たちの持つ規準に「ビジネスと人権に関する指導原則」を取り込んでいます。ビジネス社会も、これらの規準の修正を受け、それに沿った準備を加速させています。

しかし、人権の問題はいまも世界の至る所で発生しています。特に欧米では、難民・移民が、国民を巻き込んでの問題となっています。そしてそこには、価値観の衝突という問題が生じます。例えば、治安と人権、宗教と人権。これらの衝突する価値観をどのように調整しながら、最適解を出していくのか?ラギーの著書は、ひとつの示唆を与えてくれているように思います。

いやー、本ってほんまええもんです!!


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